長年憧れていたヨーロッパ旅行。仕事を辞め、ずっとやりたかったとをやる時間充電期間中、一ヶ月間ヨーロッパ一人旅に挑戦。ハンガリーブダペストからスタートし三カ国目のチェコ、プラはへ。
過去記事はこちら👇
プラハを代表する画家といえば、やはりアルフォンス・ミュシャ(Alphonse Mucha)。日本にいる時から、彼の作品に見惚れていました。アール・ヌーヴォーの巨匠でありながら、今回訪れたミュシャ美術館(Mucha Museum)では、彼の人生と思想、芸術の幅広い側面に触れることができました。小さな美術館ながら、心を震わせる体験が待っていました。
アール・ヌーヴォーとユートピア


美術館の入口には「ART NOUVEAU & UTOPIA(アール・ヌーヴォーとユートピア)」という展示テーマが掲げられています。ミュシャはサラ・ベルナールの劇場ポスターで名を上げ、流れるようなラインと柔らかな色彩で「ル・スタイル・ミュシャ」と呼ばれる独自のスタイルを確立しました。
けれど、彼にとって装飾美術は単なる美の表現にとどまりません。芸術を通して人々を結びつけ、平和と人類の進歩を示す手段でもあったのです。その思想は後に代表作《スラヴ叙事詩》に結実します。
若き日の習作から大女優との出会いへ


展示の冒頭では、彼の学生時代の油彩やデッサンも見ることができます。例えば**裸体習作(Nude Study)**は、まだ華麗な装飾様式に到達する前の、写実的で力強い筆致を示していました。若き日の彼がいかに基礎を大切にしていたかが伝わってきます。

また、後の大きな転機となるのが、劇場女優サラ・ベルナールとの出会い。彼女のために描いたポスター《ジスモンダ》が大評判となり、ベルナールは6年間の専属契約を彼に与えました。まさにここから、ミュシャの名がパリ中に知れ渡ったのです。展示パネルを読みながらそのポスターを眺めていると、当時の観客と同じように心を奪われてしまう感覚がありました。





ビジョナリーとしてのミュシャ。心ろに残った言葉。
さらに展示では、ミュシャの思想家としての側面にも触れています。彼はフリーメイソンの思想に影響を受け、芸術に「真・善・美」を込めることを使命としました。
壁に掲げられていた言葉 ―
“Posters are a good way of enlightening the wider public. The streets became open-air art exhibitions.”
(ポスターは大衆を啓蒙する良い方法だ。街角が野外美術館になったのだ。)
この言葉が示すように、彼はアートを通じて社会全体に光を届けようとしたのです。







《スラヴ叙事詩》へ
クライマックスとなる展示は、《スラヴ叙事詩(The Slav Epic)》についてのセクション。20点に及ぶ大画面の連作で、スラヴ民族の歴史を描き上げた壮大なプロジェクトです。




「スラヴのアダムとイヴ」と題された初期構想では、虐げられた民衆の姿とともに、未来への希望が暗示されます。やがて中世から近代に至るまでの歴史をたどり、民族独立の物語へとつながっていくのです。
このシリーズは1928年、独立10周年を迎えたチェコスロヴァキアに寄贈されました。芸術と祖国愛、そして人類の未来への祈りが込められた、まさにミュシャの人生の集大成といえる作品群です。
まとめ
プラハのミュシャ美術館は、単なるポスターの展示館ではなく、「美術家・思想家・チェコ人」としてのミュシャの全貌を体感できる場所でした。華やかなアール・ヌーヴォーのポスターに魅了されつつ、その奥にある強いメッセージ ― 人々を結びつける芸術の力 ― を知ることができます。
プラハを訪れるなら、ぜひ足を運んでほしいスポットです。小さな美術館ですが、そこには大きな物語が詰まっていました。




コメント